意味:
真実・型にはまった/ケーキ・固める/御託・流行語・専門用語・ナナメった物言い
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2004年05月のアーカイブ
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ふと思い出したこと
俺の銀座のイメージは中学生のときに読んだ夢枕獏の帝都物語からでした。
(大正あたりのイメージしかないので昨日行ったところとはもはや別ですが)
明治に始まって最後はパソコンとプロジェクターで魔方陣を作ったりするすばらしい(トンデモ)本です。
後に荒俣先生だということに気がつく。恥。
一日休み
あーちーぃー。
晩飯に煮込みうどん(らしきもの)を食べたら汗だくだく。
いかんですよ。鍋とソイソースに頼ったお手軽料理の時期じゃなくなってますよ。
今日はようやくまとまった買い物と掃除と食事ができたので良し。
ただパソコン修理したのが帰ってきたけど、修理前と似たような挙動をするので心配。
ただ頭使ってないので、寝ながら考えることに
頑丈だけが取り柄
5月がそろそろ終わります。
別に五月にたいした思い入れはないけれど、なんだかめらんこりっくな気分になりますね。
ひらがなでかくとそうでもないな。
しかしまあ、いろいろあるな。っていうのが感想。(何の?)
センスと頭がよくなりたいなァ(何のために?)
と、また意味の分からないことで濁すのでした。
眼
眼。
絵もビリヤードもプロスポーツも全部眼。
足なんてただの飾りですよ。偉い人にはそれがわからんのです。
また余計なことを言ったな。で、
最近絵を描くことについて考えてるのですが、
眼(というか知覚)が人によってだいぶ違うと思い知らされるわけです。
俺にとっちゃ文字通り意外となんですが、常識なのかな。
まあ、ミーティングでこの手のことについて話し出すと長くなるわりに意味がないので、自己満足で勝手に考えるだけですが。
・絵が描ける人は、ものを3次元で捉えている。
写真とか四角い紙をばらばらに散らしたものを真上から順序良く描くっていうのはわりと誰でもできると思いますが、それと同じことが球面とか髪とか車とか人体とかでもできる。同じことなのか違うのかはなんかアレですが。
認識の違いなのかもっと根本の脳のつくりの違いなのかは調査してないのでわかりませんが、認識の違いなら気合でなんとかなるはずだよなーなるのかなーなりそうだけどなー。しかし、訓練で得ても母語と覚えた言語ぐらいの差はありそうな気がする。
まあ、3次元の認識をしてるから影とか何も見ないでちゃんと付けられる、と。あと観察と想像でいろんな方向や動きをかける。
あと、拡大縮小が思いのまま(これの理屈はわかんね。なんでだ)
まあ、それができるから絵を描くキャラになるという理屈も聞きましたが、さてはて。
ちなみに絵がかけない人ってか俺。
絵を描こうとするときに3次元のなかに無理やり平面を作ってそれをなぞろうとします。3Dソフトと同じ原理。テクスチャで処理するわけです。まあ簡単に言うと、バーチャファイターの1みたいな風にものを捉えて描こうとするわけです。しかしあくまでも捉え方が2次元なので、上下の感覚とか遠近のゆがみとかがなく、結局平面がつながらないのです。あとそれゆえに球体が描けない。でもこれも物凄い鍛錬でVF4みたいなリアルさになるんだろうけど。
それ(VF1→VF4的進化)の途中なのが、左向きの顔ばっかり描いててその向きのイラストだけはやたら上手い人か?。認識を無視して、特定の訓練と手クセだけで描く。優等生が成績のためにひたすらがんばって描く絵もそんな感じ。3次元から起こすんじゃなくて2次元上でとにかくつながるまで曲線を描く。
絵が描ける人のしくみで3Dソフトを作ったらまたえらい違う事になるのかなー。どっかにありそうだけど失敗してそうだな。
どちらかというと、最近の「演算は3Dなんだけど2Dみたいに見える」格ゲーの処理が近いか。アレどうなってんだ。
まあ、上手い下手と絵の良し悪しはまた全然違うっちゃ違うんですが。
良い絵ってのは、なんか伝わるもののある絵(イミとかイメージというと混ざるので、「テーマ」?)なんだよなー。
ということはちょい前に冬目景の「イエスタディをうたって」の2巻を読み返して思ったんですが。作者美大行ってたし、たぶん実体験50%ぐらいなんだろうなーとおもいながら、
「うまいだけの絵なら一年間くらいマジメに取り組んでれば、ちょっと 絵ゴコロのある人なら誰だって描けるようになるよ」
「それで… ある程度描けるようになってみると、なんだかつまらない… 自分が他の人たちと同じ絵描いてるみたいでさ」
「"いい絵"ってのはさ…、必ずしもうまい絵のことじゃないんだよ…、当たり前だけど」
高校のときに引っかかって、まだ引っかかるなー。
でもこの辺がメインなのかー?と言うところで終了。
何にも考えない一日
折田先生
ウチの高校でこれやったら留年するな。大学でやると退学に。
アクションラジオ。20人弱が聞いていたようで。
のなかで出てきたアイドル本人日記アンテナをちょっとメモ。
ラジオ20分で公開できるってすごいんじゃないだろうか。あとSKYPE初使用。苦笑。
しかしよくよく一日が終わってみると、考えなきゃいけないことは多数あるのでした。
ちょっと、コーヒーと気合を入れなおして一時間ぐらいしゃっきりとする予定
ペルソナ法
参考 ここ。こっちを見たほうがタメになります
・ペルソナ法の利点
(自分用まとめ)
ペルソナ法:良く陥りやすい「対象者の居ないデザイン」にならないようにするための方法
具体的にどういうことかというと
「スポーツカーで、家族も乗せられて、道も山道も赴くまま、燃費が安くて車体が安くて高級感がある」
っていうのがあり得ない。てこと。
ガンダムでいうと
「ガンダムの強さとザクの哀愁漂う感じとシャアザクの3倍なところ」
さてどんどん微妙な感じになってまいりました。
で、今まではそれがいいとこだと思ってたけれど他に利点があることに気がつく。
「意思決定の明確・簡略化」
つまり、ミートが迷うときの常套句である「俺は/私はそうは思わない」と「こういう人も居るんじゃないの?」っていうのに対する明確で生産性の高い解決法だということ。これは前期気がつかなかった。
まー、人の気持ちになるってむずかしいんですけどね。ペルソナを立ててもあんまり上手く動かないのはそのためもあるんでしょう。(単純に流れとか「やらなきゃいけないらしいから」で作ってるトコロもありましたが)
人の気持ちっていうと、先週体育の授業(ウェルネス)でロールプレイというのをやりましたが。これがまた
暴走族のリーダー : 警察官
ガンの患者 : 告知する医者
貢ぐ女 : だます男
下痢の腸 : 便秘の腸
本人 : 足の裏(何でも知っている)
を、二人で分かれてロールプレイするというもの。
俺が暴走族をやったとき、フツーに警察官の正論に言いくるめられました。
まあこれ自体はひきこもりの人間に他人を考えさせたりする契機として使うらしいですが、下痢の腸VS便秘の腸 --どっちが辛いか-- なんてのは普通に面白いです。
まあとにかく自分とキャラの離れた人間の思考を考えるっていうのは、ものづくりでは大事なことだと。
切れ味
思考は切れ味なのだと思う今日この頃。老師の視線を白刃と表現する夏目漱石が格好良いです。ところで海外でもそう言うんだろうか。そんなTOEFL(ペーパー)が90点上がった今日この頃。でもようやく50%ですが。
なんだか昔、鈍くなるように鈍くなるように矯正されてった覚えがあるけど。抽象は長くやるとこんがらがるのでやめ。そんな今日この頃。3度も使う言葉じゃないですね。
鈍くなったのかもともと砥いでいないのかはさておきの事として、伝達を少しでも効果的にするには素直に言葉を尽くすべきか。それを削いでいくことで美しさがでるかな。
なんだか情報が「繋がっているのに繋がらない」そんな気分。
さて、抽象的ではなく実際の体験や経験こそ考え所だという旨のレポートを書いた朝っぱらでした。
飯の代わりにコーヒー飲んで
充電日。と言っても何をするわけでもなく。結局買い物に出ても、手元に残ったのは少年計数機(IWGPⅡ)のみ。そろそろ読み終わります。
行きに戸塚のスタバに寄ったらなんだかクジに当たってとにかく何頼んでもドリンク一杯無料というので普段頼まないキャラメルマキアートのグランデサイズにエクストラショット(¥490)なんぞを頼んでみる。電車待ちの10分ぐらいで飲んでしまってカフェイン酔いしましたが。さすがに量がな。
その後は買い物や普段読まない雑誌などを読んだり。
マイナなのだとこれとか。世の中知らない雑誌ありすぎ。インタビューが豪華でかなり読みふけりましたが、買うかってーと高いなー。
最近研究会で調査などをして(そしてそれがまったく役立たずで)如何にITメディア(サイト名)に頼ってたかわかりました。先生には「google」と一単語で言われました。グーグルリテラシー重要ですねほんと。
特定の情報サイトに頼りきっていたら、その範囲の情報しか出てこない。それじゃ飛躍もないし、発展も無いし繋がらない(内容が重複してるな。まあ本当の間違いのもとは探す目的が定まってなかったことですが)
googleとあと広く雑誌を読むことは意識して続けてみようかと思いました。
あと英語を恐れない事かー。それはおいおい…。
夏物買いに行っても、この寒さだとちょっと気が引けるので前述の通り何も買ってません。まだいいかなーなんて思うのは甘いんだろうなー。
さてまた一週間の始まり始まり
どちらが高尚?
昨日は9時にばたりと寝てしまい。12時間昏々と眠っていました。
今日はというと、はて、本を一冊読んだぐらい。
これ書くのも何日ぶりやら。さて再度今日はというと、
働かざるもの食うべからず
一日成さざれば一日食わず
の違いとか考えていました。
書くことが無いからプール連れてってー、――は問題外か。
明日はどこか遊びに行く予定。
どうしたら素直になれるだろうかと自問することにしました。
水曜日
モスバーガーで本を読んでて、オーバーフローでうとうとしていると、隣に二人分の人の気配。そういうときは、聞くともなしに会話を聞くのだけれど、どうも、なにも聞こえない。
ほんの軽く寝たあと、ふと顔を上げると、手話で、目一杯に会話をしていた。
若いカップルでした。なんだか微笑ましい気分に。
明日は台風です。2号。ていうか来るの早いです。季節感ないのか。
でも台風の直下と一過は好きです。楽しみ。
そしてほどほどに寝る。
雑感
現在使用中のb(Mebius二台目)がおかしくなったので、デスクトップも使って本格的にバックアップ→移行作業中。起動にクセのあるaを使ってます。こういうときはWEBにテキストを残すのが便利。
というわけでいろいろ今日考えた事など。
糸井重里。万歳マザー3。まあそれはさておき。
・裏テーマ、裏ニーズ、とにかく裏。別の言葉で言えば底。
糸井重里の「やさしいタオル」の本当に宣伝したい事は、「そのタオルがあるとカッコいいですよ」って事なのだが、それをそのまま言ったって、もちろん伝わらない。むしろ余計理解されない事もある。
だから他の言葉とか、いろんなシチュエーションとかそういうものをつかって宣伝する。
これは言葉として「イミ」を伝えるのではなく、文字や韻などを選んで、最後に「イメージ」を伝える詩と似ている。
そのイメージが真のテーマ。でも研究会のプレゼンテーションではそれを出すのもアリか。裏のテーマというとちょっと違う気がしてきた。
裏のテーマ。表向きには言えないんだけど、ウラではこんな事ができちゃうぜ。進行するぜ。みたいなものか。そういうのがあると隠れたモチベーションになるかな。
・「詩」と「Art」
「イミ」を伝えるものではなくて「イメージ」を伝えるもの。
その突き詰めた最終形が、糸井重里にとっては言葉も大事だから、詩とアートになる。
個人的には表現は全部そうだと思うのだけど。小説とかも。
・質問をすること
森博嗣が言ってることを鵜呑みにしてるので責任はどちらにあるでしょう。
質問をすると、その質問の回答に関係なく、質問者の力量が出る。
(できれば質問も回答も短くて簡潔だと良いとも。たしかに見てるとそう思う。本の紹介してた人とか……。チャンスを生かそうという行動力は評価できますが)
良い質問を考えることはなかなか難しいがその姿勢もわりと重要なので試しま。
・コドモを生むのが良いモノ
順番は前後するけれど。
車、というのは非常に多くのコドモを生んだ。例えばそれはガソリンスタンドや、サービスエリアや、そこで売ってる五平餅。それらは全部孫かひ孫かわからないけど、とにかく車ができたからできた、車の子供だ。
多くの子供を作るもの(作りそうなもの)が、いいもの。
これって、奥出研の言葉に直せば、(ユーザー)エクスペリエンス。
優れたモノというのは品質がどうこう、例えば「計算がはやい」ではなくて、体験を生むものだ。ということ。糸井さんのタオルの例で言えば、高いお金をだして、特別に選んだぜいたくなタオルを使う事で、何気なく行っている「頭を拭く」という動作が、カッコいい経験に変わるってこと。(だから、タオルの品質は、目的ではなくて手段。二の次だから三)
だから、やることは、普段何気なく行っている「落書き(スル)」「絵を描く」(「漢字を書く」)「(手書きで)表現する」「メモる(出てないけど)」「発信する(何を?)」「主張する(グラフィティとかでしてることね)」「描かれたものを集める(描いてもらうはコレの特別な一つか?)」「思い出す(自分史とかってこういうこと?)」(さー、フォーカスが定まってないぞ)ってことを、「どうしたいか」
これがニーズか。(正直テーマと混同してた。テーマとは、何をするか、何を作るのかの「何」の部分)
dcgより引用。
---------
デザインとは、何も表面的な目に見える形だけを作りだすものではない。デザインとは人間がどのようなニーズを抱え、それをどうやって解決するかアイディアを生み出し、さらにそのアイディアをメディアを使ってどう形にすれば人間がニーズを達成できるかを調査し、分析し、設計、実際に作るというプロセスを踏んで、形を生み出す行為である
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奥出研としてはニーズを得るところからはじまる。
(面白いものを考えたからこういうニーズがあるだろうっていうのはアリなのか?)
勝手に参考にしてる:オクノ総研の2003年3月1日。
ちょっと強引な解釈をすると、テクノロジー、新しいモノ、しか解決してくれないニーズがあって、それのために作るという事。わかり易いニーズとは限らない。気がついてすらいないことは多々ある。し、今の消費者動向と合うかもわからない。ただ統計数値ではなく、フィールドに出て体験・経験をすることには、ソレを見つけるという意味がある。
*現代はモノに対して欠乏していないので、自分のなかで必要だと思うものを的確に掴み、それを作って仮説として社会に出せばよい。それが当たればいいし、あたらなければまた作って出せばいい。(dcg2003)
アイデア
ニーズを解決するためのアイデア。デザインのジャンプが要るところか?
プロトによってブラッシュアップする。
コンセプト
*コンセプトとは、アイデアを生み出している(だろうと想像される)論理的な枠組み。
ウォークマンの例を考えるとわかりやすい。ウォークマンのアイデアとは『持ち歩きながら音楽を聞く』という欲望とアクションである。コンセプトは、『ヘッドフォンで聞く、カセットを使ってサイズを小さくする』などである。(dcg2003)
とにかくモノのデザインを行うこと。小さくてもバカバカしくてもいいし、ころころ変わることもあるし、変わることだって重要。プロトタイプを作って使えばわかるし、きちんと人間が考えれば最後には化ける。
さて、虚の部分ばかりですね。もっと具体的に考えろって話。
でも眠いので寝る。明日は9時起きの予定。
いつのまにか自分の事に結び付けてしまう癖は良いのか悪いのか。
本
最近、(といっても二十歳になったあたりから。つまり人生の2.5%)考えて本を読むようになりました。
(考えずに読むのを目的とすることもありますが)
しかしまだ観察をする程度の思考なので、やっぱり考えていないかもしれません。
今日研究会でもちょっと話が出た森博嗣が言うには、なんでもアイデアでも解決方法でも問題発見でも「考えれば出る」とか。まあその通りだなと同意。
昔壊れた(電源を入れるときにナナメ45度にしないと点かない)PCのHDDの中身を無理やりいま使ってるものと同じにしました。ぎりぎり使えそう。
心置き50%ぐらいで修理に出せそうです。
しかし文体が影響を受けやすいな。
体調
朝起きると喉が痛い。口から黒いものを吐く。
なるほど、結核か。
んなわけないですが、流行ってるとよけいそう思ってしまうこともありますね。と。
でも七度二分の微熱。まあもともと平均体温が37℃弱なんですが(子供か?)
さて、昨日はあれから笑わない数学者を再読してしまったので昼間に寝たりない顔で起きる。
結局実家に帰ると良く分からなくなる。たぶんものすごく現実感のない家で、最近読んだ夏目漱石の門の一家に良く似ている。でもそれは平均の範囲内で「よくある家庭」なのだ。わけわからん。わかるけど。
そんな一日。
ぼーっとした一日
昨日の夜に読んだ究極超人あ~るのせいだろうか。
ひさしぶりに紅茶を淹れたら、スプーン一杯葉の分量を間違える。
ほか、あとはマンガと小説を延々と読む。
分解能が上がるということは性能が上がったのか衰えたのか気になるところですが、最近、マンガの大ゴマにどれだけ気合が入ってるかがわかるような気がしています。
のだめのシュトレーゼマン指揮のラフマニノフと千秋指揮のブラームスの違いとか。
そういえばあるイラストレーターでそろそろ漫画家になる人の日記のその人が人から聞いた話によると
漫画と4コマとイラストは全部別々の才能と努力が必要、とか
オチはありません。最近ふーんって言われっぱなし。
料理と言えるか?
たんぱく質が欲しい。米と大根汁ってなんか農民っぽい食事です。ビバ農民。
明日は掃除と読書と帰宅と歯医者。
なんとなく本を一冊読んで考えれば良い様な予感。こういうとき5割ぐらいは当たる。
最近
・筋トレと豊かな食生活がなくなってきたため、腕が細くなってきた。(もともと太いわけじゃないけど。キンニクが身につかない体だ)
・三日で四食しかしてなかった。
・Googleツールバーが文字化けする。
・とにかく頭でっかち。
・でもまだ考えてる事は多数。行動がポイント。
・来週は楽になる予定。
つまりシュークリーム分が足りないっていうことだが
読まずに死ねるかっていうのはよくわからないが、
読まなければ死ぬというのはありえるかもしれない。
カフェインや栄養素と同じように。
欲が出てきた
昨日はTOEFLをうけてボロボロになって帰ってきたので何とも言えません。
さて今日。
昼前に起きて音楽などをききつつアイロンがけ。
こういう作業は得意ではないけれど好きです。小さな幸せ。
そして日が傾いてから買い物に。
電車にのって買い物に行くなんて何時ぶりか忘れました。
そんで家具やら雑貨やら見てなんとなく物欲の芽が。
結局買ったのはタリーズのコーヒーぐらいですが、将来金持ちになって買うぞ。とは少し思いました。
しかし具体的にコレ。というわけではなく。
うーん。なんとも言葉にできない感じ。思考も嗜好も変わってきているのでしょう。良い意味で。
夜は5ヶ月ぶりに銭湯へ。湯船は2ヶ月ぶりぐらい。
大丈夫。まだ肌が水をはじきます。
次の休みは冬の名残のヒーターを片付ける予定。消臭剤と除湿剤もそろそろ切れるな。と、そんな休みの日でした。平和。
明日の発表
疑問が~あるならぁ~実 験 だー♪
とはNHKの有名な教育番組の中で実験君が歌っている歌ですが(うろおぼえ)。
やってみたいスライドの作り方があったので実験してみました。
結果。太目のペンで作って、光量とピントあわせをしっかりやればいけるんでは。
ただし問題は容量のデカさ。
ちなみに、内容はごくごく個人的な没ネタです。
また
学校から駅まで歩いた。所要時間50分。休みの日はバスがないから嫌だ。
明日は体力要りそうなので早めに寝る。
最近ようやく「お菓子ばっかり食べているとゴハンが食べれないわよ」という昔よく親が言ってたセリフを実感するようになった。つまりそれが20代(さらにはそれ以降)の体なのであって子供はもっと食って良いと思います。食えばよかった。食いたい。食わせろ。
といっても作るのは自分なのでまた明日の夜でいいやと思うのでした。こうやって胃が縮んでいきます。
ところで昨日のアレですが、つまりそれは猫アレルギーは猫を好きになっちゃいけないのか?とおせっかいやきの人格のボブ(仮名:日本人)が囁くのでなるほどそうか。と。難しい。
自分・他人
十二国記の最初の二冊を読破。売れるのが分かるのと好きなのとは別の問題かなー。
いずれ図書館で借りる本に心の中で指定。
タイトルみたいなことを書こうと思ったのだけれど、上手くまとまらない。
あと説教臭そうなテーマに、HOWTOはカンタンだけれども本質はWHYでそちらのほうがよほど難しいとか、記録の存在ではなくそれを基にした好意への発展がうれしいとか、ライヴに行く人がめかしこんでるのは見初められるためかもしれない、とかありますが、結局モノづくりということ、という仕事について考えています。
そういうテーマの研究会に所属しているわけで、その事について考えるのは当たり前でもありますが、いままでは、どのようにモノをつくるか、ばかり考えて、どうしてモノをつくるのか、という事については考えていませんでした。
それと同時に、HOWにもWHYにも関わりますが、内向きで「自分はどうしたら良いだろう」となりがちな思考のベクトルも外向きの「何をしてあげられるだろう」とかそういう感じにシフトしそうな気がします。したほうが良いのでしょう。まだ完全にはしていませんが。
自分がどう変容していくのかはまだわかりませんが、それでも、どうしてもそういった方向に行けないのなら、モノを作る職業には就かない方が良いのでしょう。
でもそれができそうなら、仕事として一生何かを作っていくというのもなかなか良いと思えます。
というわけで、まとまったかな?そんな風に将来の事も考えつつ休日おしまい。
読んだ読んだ
とりつかれたように読んだ。
森博嗣の浮遊研究室3とWEBダヴィンチ上のログ
赤・黒 石田衣良
パンツを捨てるサル 栗本慎一郎
エッセイは「あれ、何かおかしいな」とか「ここがこうだったらいいのに」の集まりなので、ネタ本として重宝するかも。本当に必要なのはそういう目を養う事ですが。
のんびり五月
頭脳労働(?)の春
起きる。
ご近所物語1~7を読む
コーヒーを淹れてカントリーマァムで昼。
出かけて川原を散歩する。フィールドワークについて考える。
ゲーセンで300円ばかり使う。一勝三敗。
TUTAYAでぷらぷらと見つつマンガを一冊買う。
ミスドでよむ。100円均一が105円均一になると、ありがたみが下がる。
古本屋でマンガを一冊買う。本屋で森博嗣のエッセイとIWGPの赤&黒を買う。
モスで夕食しつつ読む。
その後帰宅してうんうん唸る。
アタマを使った疲れが出ているので(あとそろそろ空が明るくなるので)寝ます。
寝る寸前にダブルブッキング(しかけ)なのに気が付く。やばい。